[本文1817]【九年癸卯正月二十五日、八重山黒島村の仲本、洋に在りて船を覆へし、偶々一木に扶して海嶼無人の処に飄至し、全く神庇に頼り、鯖に乗りて帰り来る。】此の日、仲本、独り小舟に駕し、古見村に赴かんとす。陡に風波の猛るに逢ひ、坐す所の小舟浪に覆へされて没す。随即衣箱に抱着し南方へ流れ去る。其の夜戌刻、偶々大木の身辺に流れ近づくを見る。其の木は約寛さ四尺許り長さ十余二三尋許りなり。即ち其の木に駕し風に任せて飄流す。二十七日巳刻に至り、初めて小嶼を見る。未刻に及ぶころ、其の嶼の北方に飄到し、岸に上りて活命す。乃ち小木・茅草等の類を伐り、権りに窩舗を造りて以て棲居を為す。但々其の地を見るに、長さ六合・寛さ五合許りなり。即ち人家無く復五穀無し。其の生ずる所の者は多く山薬有り。是れに由りて、毎日海魚を捕へ来り、山薬を掘り取りて、聊か日食に供し、光陰を送り過す。六月初旬の間、夢に容貌常と異なるの人有り、告げて云ふ、汝を送りて故土に帰さんとす。毫も驚き怪しむこと勿れと。二十六夜に至り、再び夢に人有り、告げて云ふ、今、汝を送りて島に帰さんとす。宜しく早く起程すべしと。意謂へらく、此の両次の奇夢は望外に出づ。定めて神霊の示す所に係らんと。即ち火把を点じて海浜に到り、潮水深き処に侵入し、魚を捕へて等候するに、果して長さ一丈余の鯖有りて、洋々として浮び来り、頭を其の両股間に入る。即ち謂へらく、神霊の助なりと。手に其の鬣を持ち、脚は其の背に跨る。彼の鯖走せ去ること飛ぶが如し。二十七日午刻、送りて黒島村阿佐那浜に到る。彼の鯖悠々として東に向ひて去る。即ち扶救逆回の恩を拝謝し、上岸して帰り来る等の由、仲本由を具して禀明し、在番・頭目朝廷に転報す。਀